燃え上がる炎の中、女は這いつくばっていた。 全身は土に塗れ、美しい顔は汗と狂気で歪んでいた。荒い息と共に、かすれた声で彼女は問う。 「おのれレナ……、そこまで私が憎いのか」 その様子を、一人の男がじっと見下ろす。 女は己を突き刺した剣が、男の足元に転がっているのを見た。女はその剣に手を伸ばした。 剣を掴み、それに力を込める。ぐっと体が浮き、俯いていた顔が男を見た。漆黒の前髪の下で揺れる、蒼黒の瞳。それは酷く冷ややかに見えた。 「答えろ!」 声を張り上げる女を、どうとするわけでもなく男はただ見下ろしていた。哀しみも、苦しみさえもその漆黒の瞳には宿っていなかった。ただじっと、眺めていた。 しゃがみこむと男は苦しそうに息を吸った。 「――憎いさ。決まっているだろう。先に裏切ったのはお前の方だ、アリス」 その言葉に女は唇を噛んだ。 「違う。あれはお前が……」 「お前が全てを手引きしたと他の神は言っていた」 「それを信じたのか? 私がお前を売ったと?」 「そうだろう。だって、結局お前は俺を殺したじゃないか」 その言葉に女の目が見開かれた。 驚きと絶望に打ちひしがれ、女の赤銅色の瞳が揺らめく。男は女の頬を掴んだ。そして強引に口づけた。女はその口付けを受け入れ、そっと瞳を閉じた。目尻から一筋の涙がこぼれおちる。 汗で張りついたぐしゃぐしゃの髪、上気した頬、乱れる息。 こんな状況でも、この女はこんなにも美しい。 鳥肌すら立つその美しさに、男は息を潜めた。そして、自分が彼女を征服しているという高揚と、その美しさに翻弄されている屈辱を同時に味わった。恍惚に目を細める。 ふと、男の目が大きく見開かれた。 短い喘ぎが喉奥から漏れた。 女は涙と汗で濡れた顔のまま、彼を睨んだ。口づけの余韻を確かめるように舐め、濡れた紅い唇で囁くように言葉を紡ぐ。 「眠ろうレナ。今の私ではもう魂を送れない。来世に、来世に必ずお前を殺す」 女の手に握られていた剣は既になかった。 それは男の胸に深々と突き刺さっていた。剣の周りはじっとりと血で濡れている。男が崩れるように、床に伏せた。 そんな男を慰めるように女が両腕で男を抱く。 「私はお前を許さぬだろう、永久に」 呪いの言葉を男の耳に囁いた。 男は悔しそうに顔を歪め、息を引き取った。女は哀しげに視線を落とし、男の胸から剣を引き抜いた。 ごろんと床に男の死体が転がる。 その頭を丁寧に膝にのせ、愛おしそうに髪を撫でた。それから、剣を己の首筋にあてる。 「愛している」 一言、男に告げ、男の死体に重なるように倒れた。 炎は激しさを増し、燃える。 二人の心を慰めるわけでもなく、囲うわけでもなく、三日間燃え続け――後には何一つ残さなかった。
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