第一章

 夏が過ぎ、秋が近付いている。
 まだ温かい、心地よい風が短い黒髪を揺らした。乱れそうになった髪を手で押さえ、靴を履き替える。
 目の前には同じく白いプリーツスカートが風にそよいでいる。
 胸についた校章にも使われている、百合をイメージした白だ。
 細いお腹の部分で留めているのは、黒革のベルト。細い所が上品なのだという。
 白い腕を隠すのは学校指定の、セピア色のカーディガン。
 首元には赤いタイ。絵に描いたようなお嬢様の着こなしだった。
「ごきげんよう」
 昇降口を出て、下校中の生徒に微笑めば誰もが笑い返してくれる。
 声をかけられた少女達はひざ下のスカートをふわりと廻し、立ち止るとゆっくりと甘い声で言った。
「ごきげんよう、泉会長」
「ええ、ごきげんよう」
 いつも通り穏やかに笑ってみせる。
 ほうっと感嘆の吐息が漏れるのが、分かった。
「会長ー」
 後ろから抱きつかれ、少女――泉ありすは全身を硬直させた。
「あら、ごきげんよう」
「はいはい。ごきげんよう。優等生の生徒会長」
「言葉づかい。なおした方がよくってよ、橘さん」
「会長こそ。その仮面きっついでしょ。剥がしたら?」
「なんのことかしら」
 笑いでごまかしつつ、彼女に冷ややかな視線を送る。
 彼女はばっと距離を取り、ありすをニヤニヤと笑っていた。
「良いのー、お嬢様ー」
「なにが?」
「今日は随分ゆっくりとしてるね。送れちゃうよ」
「弓道部は高等部のお姉さま方がテスト期間だからゆっくりで良いの」
「おおー噂の箱詰め勉強会か。それは良いんだけど、そうじゃなくて」
「何?」
 半ば苛立って、声を荒げる。
 彼女はにぃっと口の端を緩めた。
「――今日は合同文化祭で神ケ原中学校に行くんでしょ?」
 ひっとありすの顔が引きつるのを見て愉快げに笑う。
 走り出そうとしたありすに、「走って良いの?」と挑発的に彼女が言う。立ち止って振り返りべーっと舌を突き出すと、彼女は嬉しそうに笑った。
 やや早足で校門を出る。
「泉生徒会長、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 一応立ち止って微笑んだが、声が強張ってしまったかもしれない。
(気にしてられないって!)
 車が止まっている通りを抜けると、ありすは無我夢中で駆けだした。
 角を曲がればすぐそこに正門がある。が、そこでありすはとあることを思い出した。
 神ケ原中学は出入りが厳しい。素行が悪いことで有名らしく、不良たちのたまり場のようになっていて以前は周囲から批判を受けていた。近くにあるのが、ありす達の通う清華女学院であれば尚更だ。
 お嬢様達に危険が及んではいけない――神ケ原は新設校だが、既に清華女学院の親達に激しく非難されている。
 そこで生まれ変わることを宣言し、数年。合同文化祭でそれを示すというのだ。
 基本的に運営は神ケ原中学の生徒会が行い、清華女学院は企画の立案・許可のみだ。
 相手にエスコートしてもらう人間が、それに応えないのは淑女とは言えない。遅刻なんてもっての外だ。
 先生が怒るのが目に見えている。
(塀はそう高くない)
 ありすは自分の目線より少しだけ上の、塀を見つめた。
 ゴミ箱が近くにある。自分の中の勇気を奮い立たせ、スカートの裾を掴み、汚れないようにゴミ箱の上に立った。塀によじ登り、おりようとしたその時だ。
 ありすはあることに気付いた。
(え、嘘。高……)
 飛び降りようとしたありすの目にはおよそ2mはあるかと思う地面。
 さすがに怯んだ。戻って遅れたことを謝ろうとした。が、できなかった。後ろを向いて下りようとすると、どうしても怖い。かと言って前向きにゴミ箱に下りれば、バランスを崩してそのまま落ちてしまいそうだ。
(どうしよう)
 こんな格好、見られたら死んでもいい。
 間違っても人は呼べない。というより、ここは人通りが少ないらしい。校舎の裏だからかもしれない。
 大きな木と後者の陰。黴のような匂い。それと人の様子を感じさせない静寂。
 それらがありすの不安を煽り、動けないでいた。
 そうしている内に、過ぎる時間がますますありすを孤独にさせた。
 その時だ。
「何してんだ? 泉生徒会長」
 声に弾かれて顔を上げた。
 恥も既に忘れていた。ただ怖かった。耳に聞こえた低い声に、引き寄せられた。
(真っ黒)
 不機嫌そうに顰められた深い眉。短い黒髪。前髪の下でこちらを睨む、鋭い漆黒の瞳。
 背はありすより少し高いくらいで、幼さも残ってはいるが端正な顔立ちのせいか、鋭い瞳のせいか、大人びた雰囲気も感じられた。
 無言のまま、見つめあった。
 向こうはありすを観察するように静かに、ありすは男の姿にただ見入っていた。
「お、下りられないの。助けて」
 ため息と同時に、男が腕を広げた。
 男は何も言わない。ありすが戸惑っていると、男は苛立ったように口を開いた。
「受け止めてやるから、下りてこいつってんの」
「あ、うん」
 ありすは後ろ向きでそっと下りようとした。男は後ろからありすを支える気だったらしい。
 ところが、黴に足が滑り、ありすはバランスを失った。倒れて落ちかけたありすの体を、男が支える。衝撃が全身を打った。
 男を下敷きにしていたから大事はない。
「ご、ごめんなさい。怪我は?」
 男を抱き起こそうと伸ばした手が、祓われる。
 びくりとありすは手を引っ込めた。
「平気だから」
 といいつつも、体を起こした男は痛みに顔を歪めた。
「礼は良いから、早く行こう。皆待ってる」
「あの、あなた……」
「倉波蓮」
 ありすが問う前に男は静かに、しかしきっぱりとそう言った。それから、ぽかんとしたままのありすに付け足すように言う。
「ここの生徒会長」
 死にたい、とありすは泣きそうになった。

「蓮きゅーん!」
 抱きつかれて、振り返る。蓮は突き飛ばそうとした手を引っ込めて、ため息を零した。
「花方先輩やめてください」
「んー、やーだー」
 そう言って、わざとらしく胸を押し付けてくる彼女に苛立って、睨みつける。
 自覚はないのだが、相当鋭いらしい漆黒の目は大抵の者を震え上がらせる。
 彼女もまた例外ではない。慌てた様子で体を離し、誤魔化すように笑った。
「冗談よぉ! ごめんねえ」
 はあっとため息で返す。
「ね、それよりどうだったの? 清女の生徒会」
「ああ。順調です」
「おーやっるー。なんだあ、私が引退したあとって心配だったんだけど、蓮きゅんに任せて成功だったようだね」
 ふんっと蓮は鼻で笑った。
「俺は後期から生徒会長でしたよ。今更なんなんですか?」
「あーそれはほら。後期は受験で色々と……それよりさー!」
 彼女はおもむろに話を切り出した。
「でも向こう相当なお嬢様なんでしょ。扱いづらくない?」
「別に……普通な感じでしたよ」
 蓮は静かにそう言った。
 そしてあの少女と、ありすと出会った時のことを思い返す。想像とは全く違った。もっと近寄りがたい、それこそ鼻に着くほどの美女だと思っていた。
 ありすのことを考えていると、胸が焼ける。頭に激痛が走る。
 内側から何かを壊そうとしているかのように、心臓が激しく叩いてくる。
「――蓮きゅん、どうしたの?」
 蓮は忘れよう、とばかりに顔を振った。
 前髪をかきあげる。胃が熱い。苦しくて、思わず熱い息を漏らした。
「別に、どうもしませんよ」
 蓮はぐっと唇を噛みしめた。
 そっと生徒会室から外を見る。5Fだからか、随分空の闇が近い気がした。窓にそっと指を添わせる。怖いほど無表情な自分が窓に映って思わず手を引っ込めた。
「泉、ありす」
 ぽつりと呟いたその声は、静かに夜へと溶けて消えた。

 ありすは制服も脱がぬまま、ベッドに倒れこんだ。
 柔らかなベッドの上でふうっと息を吐く。
 結局遅刻し、怒られた。案内してくれたあの男には嘲笑されるし、もう散々だ。
(名前、なんだっけ)
 ――倉波、蓮。
 漆黒の髪と瞳。研ぎ澄まされた容姿が、逆に怖いと思ったほど惹かれた。
(胸が熱い)
 何かがずっと呼んでいる。
 すうっと意識が深い闇に吸い込まれていく。
 疲れているのか――ありすはそのまま闇に身を委ねようとした。その時だ。
 ガタンッ。一階から大きな物音がして、ありすは跳ねるように飛び起きる。
(何……)
 時刻は夜の九時を回っているが、家には誰もいない。
 無駄に広いこの家で、一人というのは少しばかり心細いがいつものことだ。
 きっと過敏になっている。
 早まる鼓動を落ち着けようと、そう言い聞かせた。
(――喉、渇いたな)
 唐突にそんなことを思った。
 疲れた体を無理やり、身をよじるようにして起きた。
 一階に向かおうと部屋を出る。またもや、突如大きな物音が下から聞こえ、彼女は眉を顰めた。
 何かがいる、直感が叫んでいた。得体の知れないものに畏怖の念を抱きながらも、彼女はほんの少しの好奇に心を動かされた。ゆっくりゆっくり階段を下りてゆく。
 少しだけ様子を窺おうと、そっと扉の前に近寄る。もそもそと何かが動く音。直感が確信に変わった。
 逃げ出そうと床を摺るように歩き、電話へと向かった。一、一、○と何度も頭の中で繰り返す。
 だが、ふと頭に家政婦である大木の顔が過ぎり、彼女はその足を止めた。本当は大木がこの家で家事をしている時間だ。急に娘が入院することになったということで、主人であるありすの父ではなくありすが無理に行ってと念を押した。彼女はしぶしぶといった様子で、でもやはり自分の娘のことがやはり心配だったのだろう。どこかほっとしたような顔で、家を出た。
 もしこれが、父に知れたら大木は首が飛ぶのは免れない。
 大木は仕事優先の父と、そのサポートをする母よりも、ずっと一緒に時間を過ごしてきた。いわば、歳の離れた姉のような存在だ。
(そうだ。確か、明日試合で使うから持って帰ってきてたはず!)
 決意して、彼女は玄関へともう一度足を運んだ。
 弓袋にしまってあった弓をとりだし、壁を使いながら弓を張った。張り具合を見てみるが、大丈夫そうだ。
 置いてあった袋から懸けを出して、右手にはめる。正座をしてこの取り外しを行なうのが礼儀だが、今は緊急事態だ。立ったままでつけた。
 矢筒から一本だけ矢を取り出し、番える。
(本当にやったら死んじゃうし、いざって時に脅すだけだから一本でよいよね)
 自分に言い聞かせていると、奥で激しい爆発音が聞こえ、彼女は来た道を振り返った。
 そこにあったのは、蹴破られたであろうドアの残骸と――化け物。
 目の前の化け物の姿に、目を見開く。
「あ……」
 顔は老婆だが、その髪は床につくほど長く、涸れたように細い体は四つんばいになり、腕と足は垂れた胸の下から出ていた。その胴体から伸びるのは、蜘蛛のように細長く、毛むくじゃらで、異様な――何本もの足だった。
 ありすはその光景に吐き気を覚え、口を押さえた。弓が地面に落ちる。
 壁を背にしたまま、その場に座り込む。化け物は何かを探すかのように、薄気味悪く光る緑色の眼を左右に走らせていたが、彼女の姿を確認するとにたっと笑った。その笑みにぞっと鳥肌がたつ。
 化け物は耳までさけているかと思うほどの大きな口を開き、肉食獣のように尖った牙を見せた。その歯の間からは食欲を象徴するかのように涎が垂れている。
(喰われる!)
 化け物の手足が一斉に動きだした。一心不乱にありすへと向かってくる。
 ありすは恐怖に震えながら、動くこともできずにただ目をぎゅっとつぶり、いつの間にか吐き気すら忘れ、手を耳へと移していた。視覚と聴覚が閉ざし、死の時を静かに待つ。
 毛の感触に身震いし、ぽたっと頬を伝う粘液に不快感を覚えた。だが、中々痛みはこない。不思議に思い、そっと目をあける。
 そこには、老婆のようにしわくちゃの顔と、腹から伸びる人間の手足、それとは違い胴体の側面にくっついている蜘蛛の足。人間の手がありすの首に手をかけ、蜘蛛の手足は彼女を捕らえるかのように身体を包みこんでいた。
(もう、だめだ)
 毛むくじゃらの足の感触に再び吐き気を催しながら、改めて死を覚悟した。
 だが、一瞬。光の膜のようなものが体を覆い、老婆蜘蛛から彼女を引き離す。とたんに老婆蜘蛛は悲鳴をあげ、跳ねるように後退した。
『きえええ! 結界だと……そんなばかな……こんな、こんな小娘に』
 老婆蜘蛛は先ほどとは打って変わった、憎しみの眼を彼女へと向けた。
 彼女はわけも分からず涙を目に溜めながら、老婆蜘蛛を見つめている。ふと、玄関が空く音が聞こえ、視線を移す。そこには、学ランを着た男がたっていた。
 あ、っとありすは声をあげる。
 胸が、ざわめいた。
「遅かったか。しかも老婆蜘蛛かよ、殺しがいのねえ」
 倉波蓮。
 彼の手には鞘に納められた日本刀があった。その刀をそっと鞘から抜き、その白く鈍く輝く刀身を覗かせる。そして、老婆蜘蛛に向かって走り出した。
 刃を老婆蜘蛛へと向け、踏み込むと同時に斬りつける。
 斬った先から光りが飛び出し、その光の周りから老婆蜘蛛の身体は溶けて行く。
『う……あああ……くそう、人柱か。勇者の犬が。うぬが、しかもお前、闇の血を濃くひきながら、その穢れ身体で、勇者に。そうか貴様があの、昔この娘に子を孕ませたという……』
 何かを言おうとしている老婆蜘蛛の口に、刀が突き刺さる。
 そのまま、喉を貫く。容赦のないその攻撃に、老婆蜘蛛は悲鳴をあげることもなく、ただ驚いたように目を見開いた。
 そして光に溶けて消えていった。
 彼は老婆蜘蛛の唾液で汚れた刀を、学欄の胸ポケットから取り出した布で丁寧に拭取る。
 それから、放心状態のありすに気づいたらしい。彼は刀をおさめると、ありすににじみ寄った。びくっと彼女は肩を強張らせ、蓮を見つめる。彼はしなやかな動きで腰を下ろすと、ありすの頬に手を添え言った。
「怪我はないな。勇者様。じゃあ、覚醒させるぜ。あんな化け物が全国にうろついてる。ここも嗅ぎ分けられたんじゃ、あんたをこっちの世界にやった意味がねえ。それにそろそろ良い年だ。他の人柱も覚醒の時期だろう」
「今の、何?」
 荒い息を堪えて、ありすが問う。
 みっともないくらい怯えた顔をしているであろう自分に、蓮は静かに告げる。
「いずれ話す。それより、今から呪文を言うからよく聞け。俺があんたの中に眠る“彼女”を起こすから。でも、それは次からあんたの役目だ」
 そう言うと彼は己の腕をまくり、露になった手首を日本刀で切りつけた。
 血が飛び散り、ありすの頬にも赤い液体が付着する。が、それを拭うこともできない。あまりのショックで固まって動けなかったのだ。
 彼は血が滴る手首を彼女の口へと押し付ける。
「飲め」
 ありすは一瞬固まりすぐに頭を振った。
 蓮は構わずに口に近付けてくる。ぬるっとした感触。
 赤い液体が、唇を濡らした。鼻から入ってくる濃厚な、血の匂い。頭がおかしくなりそうだった。
「いやかもしれないけど、我慢しろよ。俺だって手首なんざきりたかねえんだから。勇者には時機まで覚醒できない封印と身を守る結界がある。それを解くには、闇の血を忌み嫌うあの女を騒がせるしかない」
 震えた唇が、僅かに「あ」と声をあげた。その瞬間。
 彼が躊躇なく手首を乱暴におっつける。
 手首から溢れ出てきた血が、口に入った。
(駄目……)
 抵抗も虚しく、乾いた喉が血を欲した。
 鉄の匂いと同時に、熱いものが喉を落ちて行く。
 ――どくん、心臓が大きく波打った。身体が熱くなり、全身に震えが起こる。内側から、外側から、何かに支配される。奇妙な感覚。
「う……あ……」
 苦痛の声を漏らしながら、その場を這って逃げようとする。その体を蓮が掴んだ。
(な、に。私じゃない、私じゃない誰かが、私の身体を、意識を、奪って)
 彼女は目を伏せた。
 力が抜けたその身体を、男が支える。そして耳元に低い声で囁いた。
「呪文は、アリス。ってあんたもありすだっけ? あんたじゃない、これはあんたの中に眠るもう一人のあんたの名前だ。なあ、聞こえてるだろ」
 彼が皮肉混じりに告げると、彼女――アリスの瞳が見開く。
 先ほどの黒水晶を思わせる澄んだ瞳とは違う、ルビーのような深みのある赤の瞳がそこにあった。
「私を呼び起こすとはどういうおつもりですか? 闇と光の血を受けし異形の者よ」
 その声は確かに先ほどの彼女の声だったが、凛としていて落ち着いた大人の雰囲気があった。蓮はその声に顔色一つ変えず、彼女に告げた。
「別に。俺も人柱だし、事情知ってるのは闇の血が濃い俺くらいだしな。最近闇の奴らが頻繁に訪れてくるから、そろそろ勇者様も危険かと思ってきたら案の定。なあ、聖母“アリス”様。あんたの器を向こうの世界に連れて帰ってやれよ。他の人柱も同様に」
「本気ですか? 闇の血を濃く引くあなたが、闇を倒すこの娘をあちらへ連れていくなど」
「本気だ。呪力が半減するここよりは、覚醒して戦えるあっちの方が安全だ。だから、頼む。こいつを、あっちの世界に連れて行ってやってくれ」
 彼女はしばらく微動もしなかったが、彼の真剣な表情に胸を打たれ、小さく頷いた。それから、自ら男の手首の傷口に唇を押し当てる。そこに溜まった血を吸い上げると、電撃が身体を貫くかのような錯覚を覚えた。
 身体が小刻みに震え、あ、と小さな呻き声が漏れる。
 苦しそうに地面に這を這いながら、荒い呼吸を繰り返す。喉が灼けるように熱くなった。外側から、内側から、熱い何かが込み上げて来る。
 疼きと痛みに耐え切れず、彼女は絶叫した。
「ああああああああ!」
 叫び声と同時に、光が彼女の体を覆う。あまりの眩しさに蓮は目を瞑った。やがてその光が消え去り、目を開けた蓮は不愉快そうに眉を寄せた。
 そこに居たのは先ほどのありすではなかった。
 成熟した大人の体付き、長い黒髪、雪のように白い肌、すらりと長い手足、切れ長の赤銅色の瞳。
 全てがありすと正反対だった。彼女は熟れた果物のように瑞々しい赤い唇から、低い女の声を発す。
「分かりました。あなたには感謝しなくてはなりませんね。私を目覚めさせ、この娘を犠牲に世界を救うという道を切り開いてくれたのですから」
 くすっと嫌味に笑む女に男は顔を背けた。
 女は笑ったまま、己の身体を抱きかかえるようにして、呟いた。
「参ります」
 蓮が黙ったまま頷く。女は小さな唇で、呪文を告げた。
「アリス」
 全国で光りの柱が立ち、十五名の男女が行方不明になったという奇妙な出来事が起こったのは、その数秒後の話だ。

		

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